NIMS Award 2025 受賞者インタビュー
NIMSは2007年より、物質・材料に関わる科学技術において優れた業績を残した研究者に国際賞「NIMS Award」を授与し、その功績を称えています。
2025年は、「環境・エネルギー材料」を対象として、「持続可能社会を切り拓くエネルギー関連材料」をテーマに選定を行いました。受賞者は「ペロブスカイト太陽電池」という新しい研究分野を開拓し、実用化に近づけた3氏です。11月11日(火)につくば国際会議場で行う授賞式と特別講演に先立ち、受賞への思いと研究の歩みに焦点を当てたインタビューをお届けします。

宮坂 力 教授Prof. Tsutomu Miyasaka
桐蔭横浜大学 医用工学部 特任教授

ヘンリー J. スネイス 教授Prof. Henry J. Snaith
オックスフォード大学 物理学科 教授

ナム-ギュ パク 教授Prof. Nam-Gyu Park
成均館大学 化学工学部 終身特別教授
業績の学術界・産業界への波及
研究開発レベルでは、いま最も普及している「シリコン太陽電池」に比肩する変換効率を実現している「ペロブスカイト太陽電池」。現在、世界各国で大面積化および長期信頼性向上を目指した研究開発が進められている。シリコン太陽電池の材料である結晶シリコンの製造過程では1400℃の高温を必要とする。一方、ペロブスカイト太陽電池は100℃程度の低温プロセスにより作製可能であるため、プラスチックなどの基板上に製造できる。ペロブスカイト層は厚さ数百ナノメートル程度の薄膜であり、柔軟性の高い透明電極材料と組み合わせることで、フレキシブルかつ軽量という実用的メリットを備えた太陽電池となる。さらに、より効率よく太陽光を利用するため、ペロブスカイトをトップセル、結晶シリコンやCIGSなどをボトムセルとしたタンデム太陽電池の開発も盛んに行われている。日本でも、大手総合化学メーカーからベンチャーに至るまで、多くの企業が精力的に研究開発を進めており、2025年大阪万博での展示発表に加えて、軽量・フレキシブルという特長を生かして、従来のシリコン太陽電池では困難であったさまざまな場所への設置と、試験的な販売が始まっている。
受賞者の生の声が聞けるチャンス! ペロブスカイト太陽電池の未来が一望できる
「NIMS Award シンポジウム 2025」つくば国際会議場にて開催
日時:2025年11月11日(火)
まずは知りたい! ペロブスカイト太陽電池の基礎
ペロブスカイト太陽電池で発電を担う主な構成要素は、「光吸収層」「電子輸送層」「正孔輸送層」の3つだ。 ペロブスカイト結晶が「光吸収層」、n型半導体(TiO2など)が「電子輸送層」、p型半導体(Spiro-MeOTADなど)が「正孔輸送層」の役割を果たす。発電の仕組みは、まず、太陽光を吸収したペロブスカイト結晶内で電子と正孔が発生。電子が電子輸送層に受け渡された後、回路を通じて対極に移る過程で、電気エネルギーとして取り出される。一方、電子を失ったペロブスカイト結晶は、正孔輸送層を介して電子を受け取り、元の状態へと戻る。これら反応の繰り返しにより連続発電が実現する。表面は太陽光を透過しつつ電流を流す透明電極材料で覆われている。


宮坂 力 教授Prof. Tsutomu Miyasaka
桐蔭横浜大学 医用工学部 特任教授
Research Summary
宮坂力氏は、可視光領域に大きな吸収係数*1 を有するペロブスカイト半導体を世界で初めて太陽電池へ適用した、「ペロブスカイト太陽電池」の発明者だ。宮坂氏は、当時大学院生であった小島陽広氏とともに、ペロブスカイト結晶が光エネルギーを電気エネルギーに変換する能力をもつことを世界で初めて実証。もともと研究していた「色素増感太陽電池*2」 の光吸収層に、ペロブスカイト結晶の「メチルアンモニウム鉛ヨウ化物(CH3NH3PbI3)」を用いた太陽電池を考案し、2009年6月にエネルギー変換効率3.8%を報告した。この論文は、現在までに2万件以上引用されている。現在、宮坂氏は数々の研究機関や企業と連携し、ペロブスカイト太陽電池の高効率化や大面積化を進めている。また、日本各地での実証実験に積極的に取り組むなど、ペロブスカイト太陽電池の発展をけん引している。
*1 吸収係数…太陽電池において材料が可視光をどれほど効率よく吸収できるかを示す値。これが高いほど材料が薄くても多くの光を吸収できる。
*2 色素増感太陽電池…幅広い波長の光を発電に利用するため、紫外光を吸収しやすいn型半導体(TiO2など)の表面に、光吸収層として、分子設計により吸収波長帯などを調整した色素を担持させた光電変換回路。
―受賞の感想をお聞かせください。
20年にわたる基礎研究の成果を評価いただきうれしく思います。
―ペロブスカイト太陽電池のエネルギー変換効率に関して、2008年に効率0.2-0.4%を確認なさったことを皮切りに、2009年の最初の論文では3.8%、2012年には10.9%と、次々に記録を更新してこられましたが、ご自身では、どのタイミングでペロブスカイト太陽電池の将来性を強く実感なさったのでしょうか。
2012年に、スネイス教授との共同研究において変換効率10.9%を達成したとき、初めてペロブスカイト太陽電池の将来性を意識しました。そのため、私が設立したベンチャー企業「ペクセル・テクノロジーズ株式会社」から特許出願をしました。一方で、その時点では安定性への懸念から、産業実用性についてはまだ不確かに思っていました。やがて、効率が20%に達したころに、産業可能性を意識するようになりました。
―日本発のペロブスカイト太陽電池の普及を目指すにあたり、日本にはどのような強みがあり、それをどのように生かすべきだと考えておられますか。
日本の中小企業などは、精密な機械加工技術と、それを応用した溶液塗工の制御技術に高いノウハウを有しており、そこに強みがあると考えます。これを競争力として活かすためには、ラボにおける研究開発の枠ではなく、メーカーによる生産機を使った生産技術を高めていく必要があります。
―ペロブスカイト太陽電池のさらなる性能向上や、鉛フリー化といった社会的な課題について、宮坂先生が目指す将来的な展望や、ご提言があればお聞かせください。
これ以上の性能向上は、学術研究では意味がありますが、産業実施に向けては必要ないと考えます。それよりも、実用的な耐久性を担保するための材料技術開発を継続的に進めることのほうが急務です。鉛に関しては、環境には有害ではあるものの、きわめて安価で国内調達が可能であり、ほかの猛毒な金属に比べて毒性は低いことから、鉛を活用できるインフラ、すなわち100%回収する産業システムを整備することにより、ペロブスカイト太陽電池を社会に広く普及できるようにすることを期待します。ただし、日常において廃棄が容易な消費者エレクトロニクスデバイス(時計、小型センサなど)の場合は、鉛フリーの素子開発が必要で、我々はこれに搭載するためのペロブスカイト太陽電池の開発も進めています。
