細い棒に付いたいくつもの粒子。ここが「思考の舞台になっている」と言われても、ピンとこないかもしれません。しかし、この粒子に吸着した有機分子に情報を電気信号として与え、そのふるまいを調べれば、確かに答えを導き出すことができるのです。

近年、物理的な材料に人工知能(AI)の演算を担わせる「物理リザバーコンピューティング」の研究が盛んです。その利点は、AIに広く用いられているニューラルネットワークより省電力化が可能なこと。土屋敬志博士らは、酸化タングステン(WOx)のナノロッド(ナノサイズの棒状の物質)の表面に銀(Ag)ナノ粒子を修飾した電極を作用極とする、AI予測デバイスを開発しました。

予測のプロセスは、 p-メルカプト安息香酸(pMBA)分子を溶解した塩化ナトリウム電解質水溶液の中にナノロッドを浸し、電圧を印可するというもの(図1)。すると、銀ナノ粒子に吸着したpMBA分子の振動がわずかに変化します。その微弱な振動の変化は「表面増強ラマン散乱」と呼ばれる現象により、ラマンスペクトルとして検出することが可能です。この分子振動を反映したスペクトルの時間変化を、目的に応じたアルゴリズムで解析し、結果を出力する仕組みです(図2)。

図1  本研究で用いた3端子型電気化学セル
酸化タングステンナノロッドを先端に取り付けたタングステンチップを作用極、白金電極を参照極と対極に用いた。
図2  有機分子を利用した「物理リザバー」における情報入力の仕組みと予測プロセス
pMBA分子の振動のしかたは、pMBA粒子への「水素イオンの吸着量」に依存する。土屋らが開発したデバイスでは、電圧印可により水素イオン吸着量を制御(情報入力に相当)。ラマンスペクトルとして得られる分子振動の時間変化を、情報の記憶と計算に利用した。

デバイスの予測精度を確かめるため、土屋博士らは糖尿病患者の約20時間の血糖値変化を電圧信号に変換し、ロッドに入力しました。実測後5分間の血糖値変化を予測させたところ、その予測波形は実測の血糖値変化の特徴を見事に捉えていました。世界で初めて、たった数個の有機分子を利用した物理リザバーの有用性を実証したのです。

Profile

Takashi Tsuchiya

ナノアーキテクトニクス 材料研究センター(MANA)
ニューロモルフィックデバイスグループ グループリーダー

〈関連プレスリリース〉
たった数個の有機分子が情報を記憶・計算して血糖値変化を高精度予測