Research Highlights 02
水素を運ぶ結晶で 二酸化炭素を資源に変える
2023.09.29
脱炭素社会の実現に向け、削減が必須な二酸化炭素(CO2)。CO2にH2を付与することができれば、メタン(CH4)やメタノール(CH3OH)などの有用な資源をつくることができる。飯村壮史は、水素の陰イオン(H−)を高速に輸送可能な材料の開発を契機に、H−の高い還元力を活かした利用法の開拓を進めている。
飯村 壮史Soshi Iimura
電子・光機能材料研究センター 電子セラミックスグループ 主任研究員
日陰の存在だったH−
宇宙に最も豊富に存在する水素。他の元素との結合やイオン化によって安定化する水素は、イオン化する場合、陽イオン(H+)にも陰イオン(H−)にもなる。とはいえ、地球上に存在する水素のほとんどはH+だ。なぜなら、空気中ですぐさま酸素と反応し、水分子をはじめとした化合物中でH+として安定化するからだ。H−は、私たちにとってなじみが薄い存在といえる。
そんなH−が一転、表舞台に躍り出ようとしている。その契機となったのが、電子セラミックスグループの飯村壮史が見出した、「H−が高速移動する」という稀有な性質を持つ材料だ。
H−の強い還元力に着目
2022年1月、飯村は東京工業大学と共同で、世界最高のイオン伝導性を示す「酸水素化ランタン(LaH3−2xOx)」というセラミックス材料を発表した。電圧をかけると、電極から電極へとH−を高速に輸送できるというのがこの材料の特徴だ。約20℃の常温という、熱エネルギーによるアシストがない状況にありながら、イオン伝導性は従来のH−伝導体の1000倍以上に達した。

とはいえ、「常温で高速にイオンを動かす」という点では、すでにH+やリチウムイオンの伝導体が豊富に存在する。そうした中で、H−伝導体を用いるメリットは何なのだろうか。
「常温付近で陽イオンのH+を動かす伝導体の場合、H+を動かすために加湿が必須であり、水の蒸発温度を超えると動作しません。一方、このH−伝導体は加湿不要で、300℃程度の中温域でも動作します。そして、私が何より注目しているのは、H−が持つ『強い還元力』です。H−は、H+とは異なり化学的に活性で、物質から酸素(O2)などを引きはがそうとする力(還元力)が非常に強いのです。H−を利用すれば、酸化によってさびた鉄やアルミニウムなどの金属を還元して元の金属に戻すことができるほか、CO2に水素を付与し還元することで天然ガスのメタン(CH4)やメタノール(CH3OH)をつくることも原理的に可能です」(飯村)
メタノールを生成できれば、燃料として使えるほか、プラスチックの原料であるプロピレン(C3H6)も製造できる。飯村は、H−伝導体を使ってCO2のもとに必要に応じてH−を運び、カーボンニュートラル実現に貢献することを、目標の1つに定めている。
「H−を高速に輸送する手段を得た今、注力すべきは輸送先でのH−の利用法の開拓だと考えています。他の物質に水素を渡したり、酸素を引きはがしたりできるというH−ならではの特性を活かしたキラーアプリケーションの開発が今の目標です」(飯村)
H−を高速に輸送できる理由
H−を単に貯蔵できる材料としては、「水素吸蔵合金」が古くから知られており、実際に、ニッケル水素電池の電極としてハイブリッド自動車に搭載されている。だが、水素吸蔵合金に電圧をかけてもH−を輸送することはできない。なぜなら、材料中を真っ先に電子が走ってしまうからだ。
「今回開発した酸水素化ランタンにおいてH−を高速に輸送できる理由の1つには、結晶を構成する酸素の存在が挙げられます。酸素が電子の動きを抑制する働きをするために、H−が動きやすくなっているのです。また、共同研究者によるH−の伝導シミュレーションの結果、H−はランタンと酸素から成る格子の隙間を互いに玉突きしながら伝導していることが分かりました。それにより、材料の端から端まで個々のH−が長距離移動することなく、H−の伝導が実現していると考えられます」(飯村)
それにしても、化学反応しやすいはずの酸素と水素が、酸水素化ランタンにおいて共存できているのは、一体なぜなのだろうか。
「その点が、この材料のユニークなところです。ランタンには、水素原子に電子を渡す力(電子供与性)が非常に強いという特徴があります。そのため、水素原子は酸素と反応するより先にランタンから電子を受け取り、H−となって安定化するのです」(飯村)
ルーツは学生時代に開発した超伝導材料
飯村が酸水素化ランタンの開発に至った経緯は学生時代にさかのぼる。当時、東京工業大学の細野秀雄教授(現・同大栄誉教授、NIMS特別フェロー)の研究室の学生だった飯村は、鉄系高温超伝導体としてヒ化酸化ランタン鉄(LaFeAsO)を研究する中で、材料中の酸素を一部H−に置換することでより高い温度で超伝導が発現することを見出した。その業績が認められ、2020年には、文部科大臣表彰若手科学者賞を受賞している。
「私は超伝導研究の最中でも、材料中において酸素とH−が水をつくらず共存できるという点に特に着目していました。この鉄系超伝導体では、鉄(Fe2+)とヒ素(As3−)の結合部分において抵抗ゼロで電子が流れますが、FeとAsの部分([FeAs]−)をすべてH−に置き換えることができれば、H−の伝導材料になるのではないかと考え、酸水素化ランタンの研究開発をスタートさせたというわけです」(飯村)
以来、「酸素と水素が共存する材料の機能開拓」というテーマが、飯村の研究の軸となっている。現在は、CO2の資源化を実現するためのさまざまな研究課題と向き合っている最中だ。
「ランタンには水素を必要以上に還元し結晶を不安定化させてしまうという課題があるため、ランタン以外の元素を使った材料開発も進めています。また、原料となる純水素を、身の周りの化合物からどうやって取り出すか、という課題もあります。そこに大量のエネルギーを使ったのでは本末転倒です。私が理想とするのは、植物の光合成です。植物は、太陽光をエネルギー源として水からH−を取り出し、CO2と反応させて、有機物と酸素を生成しています。それと同じように、水からごく低エネルギーでH−をつくりたい。そのための材料開発にも注力しています」
新設計の材料で挑む、カーボンニュートラルの実現。飯村は一歩一歩、着実にその歩みを進めている。

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