Research Highlights 04
発想の転換で生まれた 安価で低毒な光半導体素子
2023.09.29
高感度赤外線センサには、半導体素子が使われている。今後、これを広く普及させるには、材料の毒性が弱く、より安価な次世代半導体素子の開発が欠かせない。この課題に新たな原理を駆使することで取り組んでいるのが間野高明だ。
間野 高明Takaaki Mano
半導体エピタキシャル 構造グループ グループリーダー
安価なGaAs基板上に高品質なInAs結晶を
暗視カメラや環境検査用のガスセンサに利用されている赤外線センサ。その需要は年々高まり続ける一方で、高感度赤外線センサに使われている半導体素子には、水銀やカドミウムなどの毒性の強い元素が含まれることや、作製に高価な基板を必要とすることが課題となっている。そこで、高感度でありながら毒性が弱く、より安価な赤外線センサ用半導体素子の研究開発に取り組んでいるのが間野高明だ。
「私が取り組んでいるのは、ガリウムヒ素(GaAs)の(111)A面という結晶方位の上に、インジウムヒ素(InAs)を積層する素子です。これらは水銀やカドミウムよりも毒性が弱い材料です。この素子に取り組み始めたきっかけは、1997年に、GaAsの(111)A面の上に積層させたInAsが特殊な結晶成長をして、欠陥の少ない結晶ができる可能性がある、という研究結果が報告されたこと。この性質が赤外線センサに応用できるのではないかと思ったのです」(間野)
通常、GaAsとInAsのように、それぞれの結晶格子に差異(格子不整合)がある場合、ある程度の膜厚までは順調に結晶成長が進むが、一定の膜厚を超えると不整合によるひずみに耐えられなくなり「貫通転位」が生じてしまう。貫通転位とは、結晶中を貫通する線状の欠陥のことだ。それを抑制するには、基板の上にバッファー層を挟むなど、作製工程が複雑になる。
ところが前述の報告では、不思議なことに、GaAs(111)A 面の上にInAsを積層させた場合、転位が結晶成長初期の界面近傍に閉じ込められる現象が起こり、それ以降は高品質なInAs結晶が成長するというのだ。
この性質を利用すれば、安価なGaAs基板上に、複雑なバッファー層を設けずInAsを積層させるという簡易な作製プロセスによって、高感度かつ安価な赤外線センサ用半導体素子が実現できるのではないか、というのが間野の当初のアイデアだった。2018年、間野は半導体素子の研究開発をスタートさせた。
「ところが、そのアイデアは外れてしまいました。『分子線エキタピシー法』と呼ばれる結晶成長技術を用いて、GaAs(111)A面の上に成長させたInAs半導体の表面を透過電子顕微鏡(TEM)で観察したところ、なぜか多くの貫通転位が見つかってしまったのです。温度など作製条件を変えて何度も試してみたのですが、あまりうまくいかず、そこから長い迷走の期間が始まりました。そして、原理の異なるタイプの素子の作製を繰り返す中、突破口は突然、思いもよらぬ方向から現れました」と間野は振り返る。
予想外の現象に遭遇
そもそも半導体赤外線センサでは、赤外線を吸収した電子がバンドギャップや障壁を超えて基底状態から励起状態に上がることで流れる電気の量が増えることを利用する。このとき、電流量の増加幅が大きければ大きいほど、その赤外線センサは高い検出感度を持つということになる。
欠陥が少なく、電気が流れやすいInAs半導体素子の作製方法を模索していた間野は、作製した素子の光に対する応答性能や、電流値を測定している最中、あることに気づいた。それまでInAsからGaAsへ電子が流れるようにかけていた電圧を、何気なく逆向きにしてみたところ、光照射による電流量の増加幅が大きくなったのだ。間野はこう振り返る。
「この結果には驚きました。というのも、半導体素子は光を照射していないときでも、『暗電流』と呼ばれる微弱な電気が流れています。暗電流をつくる電子は通常、水が高い場所から低い場所に流れるように、バンドギャップの大きな結晶から小さな結晶に向かって流れます。GaAsとInAsの場合は、GaAsの方がバンドギャップが大きいので、電子はGaAsからInAsに向かって流れると考えるのが自然です。であれば、GaAsからInAsに電子が流れるように電圧をかければ暗電流が大きくなり、その分、素子に赤外線を当てたときに流れる電流量の増加幅は狭くなってしまうはず。ところが、そうではなかったのです」
この実験結果は、作製した半導体素子には暗電流がほとんど流れていないことを示していた。
「最初は一体何が起こっているのか見当もつきませんでした。そこで、同じ研究グループの大竹晃浩と川津琢也に詳しく解析してもらったところ、GaAsとInAsの界面に欠陥があることで、電子がせき止められて動けなくなっていることがわかりました。そのため、暗電流がほとんど流れないという現象が起こっていたのです」(間野)
そこで、間野は発想の大転換を図った。
「私がそれまで検討していたのは、InAsからGaAsに向かって電子を流すタイプの半導体素子であり、その欠陥を減らして作製する方法でした。これを、より低い電圧で動作するGaAsからInAsに電子を流すタイプに代えて、しかも欠陥を積極的に利用した半導体素子をつくれないか、と考えたのです」
それにより、赤外線の検出感度を大幅に向上させられるというわけだ。
実際に、GaAsとInAsのドーピング濃度を制御することで実現した赤外光センサは、2.6~3マイクロメートルの波長領域の赤外線を高感度で検出できることを確認した。2022年のことだ。間野は、安価で高感度な赤外線センサ用半導体素子を開発するという目標を達成した。
波長領域の拡大に向け新たな材料の開発も
今後、実用化に向けてはさらなる感度の向上を目指すという。また、CO2などが検出可能なガスセンサに応用するには、赤外光の波長領域を広げる必要があることから、インジウムアンチモン(InSb)など新たな材料を使った半導体素子の開発も進めていく計画だ。
「InAsは実に面白い材料です。固体の結晶でありながらとても柔軟性があり、ひずみに耐えたり、ひずみを上手に回避したりする性質をもっています。特にGaAs(111)A面とInAsはベストカップルといえるでしょう。一方、InSbは柔軟性がなく頑固なため、すぐに別の材料とけんかして欠陥をつくってしまいます。今後、InSbの性質をどのように生かしていくかという点も、研究者としての腕の見せどころです。このように半導体の研究は、それぞれの結晶の特性を最大限に引き出し、生かせる場所を見出すことであり、それがこの仕事の最も楽しいところだと感じています」と間野。その真摯な眼差しは、安心・安全な社会を見据えている。

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