Research Highlights 03

データ駆動で加速! HDD高容量化への挑戦最前線

IoT社会の進展に伴い、世界中でデータ量が急増している。膨大なデジタルデータを保存するのはデータセンターであり、メインストレージはハードディスクドライブ(HDD)だ。高橋有紀子はHDDの大容量化や革新的な磁気記録技術の開発による電力消費の削減を通じて、持続可能な社会の実現に取り組んでいる。


微細構造の最適化を実現

2025年に世界の年間流通データ量は175ゼタバイト(ZB=10億テラバイト)に達すると言われている*1。これは世界の総電力量のおよそ10%にも匹敵する莫大な電力がデータセンターにおいて消費されてしまう計算になる。省エネルギー化実現のために欠かせないのがHDDの大容量化だ。

HDDのディスク(プラッタという)は、ナノサイズの強磁性微粒子が非磁性体の母相中に均一に分散された構造(グラニュラー構造)を有する。微粒子の磁化の方向(上向き・下向き)をデジタル情報の“0・1”と対応させることにより情報を記録する仕組みだ。HDDの大容量化とはすなわち、1ビットあたりの体積を低減し、密度を高めることを意味する。だが、現在主力のHDDのプラッタで使われているコバルト・クロム・白金(CoCrPt)微粒子の場合、微細化していくと周囲の熱により磁化のゆらぎが生じてしまい、記録された情報を保持できなくなるという課題があった。

「ゆらぎを抑えるには、磁化の方向によって内部エネルギーに大きく差が生じる材料、すなわち磁気異方性の高い材料が有用です。2000年ごろ、私たちはその候補として鉄・白金(FePt)に注目し、研究開発をスタートしました。FePtは磁気異方性が高いがゆえにデータの書き換えに強い磁場が必要で、私たちは『熱アシスト磁気記録(HAMR)』と呼ばれる書き込み方式に着目しました。書き換える際にレーザーで微粒子をキュリー温度まで熱し、磁力を失ったわずかな瞬間に磁化反転させるのです。この方式に適した薄膜をつくるため、微細構造の観察とそれに基づく特性発現メカニズムの解明に取り組んだ結果、2008年にFePtと炭素(C)を組み合わせた理想的な微細構造の作製に世界で初めて成功しました」と高橋はこれまでの成果を語る。

これを受けて世界中のHDDメーカーが試作に乗り出し、2020年に米・シーゲイト社がFePt媒体を搭載したHAMR-HDDを製品化。高橋らの研究成果は大きな波及効果をもたらした。

データ駆動で挑む
次世代磁性材料の探索

HDDメーカー大手3社が共同発表したロードマップによると、目下、2028年までの記録密度の達成目標は1インチあたり4テラビット(4Tb/in²)。この目標値をクリアするためには、革新的な材料の探索が欠かせない。

「これまでFePt-Cのほかにも、FePt-AlF3やFePt-Cr2O3などいろいろな組成を試してきました。ただ、いずれの媒体でも4Tb/in²超えは実現できていません。行き詰まった状況を打ち破るため、データ駆動型研究に取り組んでいます」

データ駆動型とは、データを活用し高効率・高速な材料探索を行う研究手法である。昨今、NIMSは世界最大級の材料データベース「DICE」の構築・運用を進めており、2022年11月にはこれを活用した磁性材料開発の推進を目的に「データ創出・活用型磁性材料研究拠点(DXMag)」*2を発足。高橋も同拠点の主任研究者として名を連ねている。

「プロジェクトではNIMSのデータ科学の専門家と『グリーン磁性材料グループ』が主体となって、物性や作製プロセスの予測システム『媒体シミュレータ』の構築を進めています(P.7参照)。一方、私たち実験研究者は、実験データを効率よく蓄積する仕組みの導入を進めています。各装置から『RDE(Research Data Express)』というNIMS開発のシステムを使って、実験データを自動で構造化した上でDICEヘと蓄積する仕組みです。さらに電子ラボノートの導入などにより、データセット取得の効率化を進めているところです」と高橋。スマートラボラトリ—化は着実に進み、高効率な磁性材料探索の素地が整いつつある。

*1 出典:IDC Global DataSphere, Nov. 2018
*2 データ創出・活用型磁性材料研究拠点(DXMag)…文部科学省が推進する「データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト(DxMT)」の一課題、磁性材料開発を担う研究拠点として、磁性・スピントロニクス材料研究センター内に設置された。(代表研究者:大久保忠勝)

目指すは10Tb/in²超!
省エネに有利な「多値記録」とは

高橋らはHDDの記録密度向上に、新規材料の開発とは別角度からもアプローチしている。

「HDDを大容量化する方法としては単純にプラッタの枚数を増やす方法もありますが、製造エネルギーの面からみても、持続可能な社会実現に向けた解決策とはいえません。それに対して私たちのグループでは、プラッタ1枚あたりの磁性層を多層化した『3D媒体』を作製し、各層でそれぞれの情報を記録する『多値記録』の実現を目指しています(図1)」(高橋)

図1 多値記録のイメージ図
多値記録用の記録媒体は、あらかじめ、上段よりも下段のキュリー温度が高くなるよう材料設計しておく。上段を書き換える際は、下段に影響を及ぼさない程度の弱いレーザーを照射し磁化反転させる。一方、下段に書き込む際には、レーザーで高温に熱する必要があるため、同時に上段も磁化反転を生じる。そのため、上段に再び弱いレーザーを照射して磁化の方向を戻す。

多値記録に関する研究開発は2021年に科学技術振興機構(JST)の戦略的創造推進事業CRESTに採択され研究を進めている。

「3D媒体の作製については、ルテニウム(Ru)とCから成るグラニュラー薄膜の上下をFePt-Cの薄膜で挟み込む、サンドイッチ構造の作製に成功しました(図2)。その磁気特性の測定結果は、多値記録に適した媒体ができていることを示しています(図3)。現状で3値記録までの目処が立ってきており、引き続き10Tb/in²を目標に改良を進めていきます」(高橋)

図2 3D媒体の透過型電子顕微鏡(TEM)像
Ruの上下をFePtで挟んだサンドイッチ構造を作製し、その断面をTEMで観察した。FePtとRuがそれぞれエピタキシャル成長している。
図3 3D媒体の磁気特性
左のグラフは磁化曲線で、FePtに与えた外部磁場の大きさと、磁化の強さとの関係を示す。上段のFePtはHC1において磁化反転し、下段はHC2において磁化反転している。右のグラフは、磁化の温度依存性を示したもの。キュリー温度(TC)を比較すると、上段のFePt(青)と下段(赤)とでは約100Kの差がある。これらの結果から、作製した上下のFePtがそれぞれ異なる磁気特性を持ち、レーザーの出力強度に応じて個別に磁化の方向を制御可能であることが分かる。

磁化反転を効率化する
新原理のデータ書き込み手法

さらに高橋らは、新たな磁化反転制御方式の開発も推進中だ。すでにデータセンターの電力消費量は世界総電力量の数%を占めており、現在の電子デバイス主体の方式では飛躍的な省エネは望めない。そうした中、大変革の切り札と目されるのが「光電融合」と呼ばれる技術だ。通信やデータ処理などの一部を、電気と比べてエネルギー消費量が少なく高速な“光”に置き換え「グリーンデータセンター」を実現しようという試みである。そのためにはHDDも光で磁化を操作する必要がある。高橋らは「円偏光」と呼ばれる特殊なレーザー光を使った「円偏光誘起磁化反転方式」の可能性を追究している(図4)。現状では、磁化反転のため数百回レーザーを当てる必要があるが、材料の工夫により工程の削減を目指している。

「それには強磁性体微粒子の磁化反転挙動、いわゆる磁化ダイナミクスの測定が必要だと考え、装置を独自開発しました。測定機器の中に超伝導マグネットを仕込んであり、FePt-Cのキュリー温度である700ケルビン(K)まで加熱が可能な世界でも類をみない装置です。磁化反転が生じる際の超高速なエネルギー変化を測定できることから、円偏光に適した微細組織の解明に活用しています」(高橋)

実用化をまっすぐに見据え、多角的な挑戦を続ける高橋。高橋らの研究成果が実装され、データセンターの様相が一変する日を待ち望む。

図4 円偏光誘起磁化反転方式のイメージ
照射する円偏光を右回り、左回りと切り替えることにより、ディスクに並ぶ強磁性微粒子の磁化の向き(上向き・下向き)を制御できる。