Research Highlights 01
原子レベルの薄膜を舞台とした 量子というサイエンス
2024.03.18
原子1個から数個分の厚みしかない「低次元物質」は、通常の物質には見られない稀有な量子力学的特性が現れる。北浦良は、その構造と物性をデザインし、新たな動作原理で駆動するデバイスの開発につなげたいと考え、研究を推進している。
北浦 良Ryo Kitaura
ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA) 2次元系量子材料グループ グループリーダー
2018年に発表された
驚きの発見
2004年に発見されたグラフェンは、炭素原子がハチの巣状に並んだシート状の物質だ。厚さは炭素原子1個分しかない。強度と柔軟性を兼ね備え、電気と熱の伝導性にも優れることから、さまざまな応用研究が進められている。グラフェンのような、厚さ1ナノメートル以下、原子数個分程度の厚さしかない「2次元物質」が今、多くの科学者の好奇心を掻き立てている。
その1人、2次元物質をはじめとした低次元物質のサイエンスを探究し続けている北浦は、こう振り返る。
「2018年に、マサチューセッツ工科大学とハーバード大学の研究グループがアメリカ物理学会(APS)でセンセーショナルな研究成果を発表しました。私はたまたま会場でその発表を聞いていたのですが、驚くべき内容で、以来私もその研究にすっかり魅了されてしまったのです」
その発表とは、2枚のグラフェンの角度をずらして積層し「モアレ超格子(図1)」と呼ばれる構造をつくると、1枚のグラフェンとはまったく異なる性質を示す、という内容だった。モアレとは、周期的な構造のずれによって発生する干渉模様のこと。ずらす角度をわずかに変えるだけで、電子状態がガラリと変わり、超伝導を発現するなど、面白い物性が見えてくるというのだ。

周期構造を持つ2枚の低次元物質を積層することで現れる干渉模様。
「この特性は、グラフェンに限ったものではありません。原子が周期的に並ぶ物質を2枚重ねてちょっとずらせばモアレは生じ、通常の物質には見られない量子力学的性質が現れます。それを利用した新たな技術、すなわち量子技術を生み出す、というのが、現在私たちが注目しているテーマです」(北浦)
2次元物質の重なりで生まれる
「人工原子」とは
現在、北浦が率いる「2次元系量子材料グループ」は、「遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)」という2次元物質のモアレ超格子構造に着目しているという。これは、遷移金属原子でできた層をカルコゲン原子層ではさんだような構造をもつ物質だ。グラフェンとは異なり、単層でも半導体の性質を示すことから、圧倒的に小型なデバイスの創製につながる物質として、近年、盛んに研究が行われている。
「2次元物質のモアレ模様を遠くから見ると、大きなパターン(長周期構造)が並んでいます。面白いことに、この大きなパターンに対応して、数十という原子の集まりがあたかも1つの原子かのようにふるまいます。これは『人工原子』と呼ばれていて、さまざまな物性を生む土壌になります。たとえば、人工原子に電子と正孔のペアを閉じ込めることで(量子閉じ込め)単一の光子を発生させられることが確認されており、それを利用すれば、量子暗号通信における情報の担い手、光子を発信する『量子光源』にもなり得ると期待しています」(北浦)
量子光源といえば、2023年、3人のアメリカ人科学者にノーベル化学賞が授与された「量子ドット」が記憶に新しい。量子ドットとは、ナノメートルサイズの半導体の微粒子のことだ。半導体の粒子のサイズが小さくなるにつれて、電子の波が存在できる範囲が制限される。その結果、量子力学的な効果により、微粒子が発光・吸収する光の色が微粒子のサイズに依存して変化するのだ(→Research Highlights 04参照)。
それと同様に、モアレ超格子の人工原子に閉じ込めた電子の波を制御し、新たな量子光源として利用しようというわけだ。
高度な薄膜製造技術で
思い通りのナノ構造を実現する
とはいえ、思い描いた通りに原子を並べ、ナノ構造をつくるには、極めて高度な技術を要する。原子1つ1つの相互作用を利用し、機能として昇華しようというのだから、欠陥のない高品質な結晶が不可欠だ。
これまで北浦は、「分子線エピタキシー法」や「有機金属化学気相成長(MOCVD)法」と呼ばれる薄膜製造技術の高度化を進めてきた。これらは主に、TMDをはじめとした化合物半導体の作製で使われる手法だ。

原料の金属(タングステン(W)やモリブデン(Mo)など)を含んだ液体状の有機金属化合物を、アルゴンガスを送り込むことによってガス化し、蒸気圧を高めた状態で反応炉に供給する。ガスは、基板の真上にあるシャワーヘッドから供給される。基板上で分解・化学反応が進み、結晶が成長する仕組み。

MOCVD装置は、原料として有機金属やガスを供給しながら成膜を行う仕組みであり、特にTMDの成膜に適している。北浦はこの装置に対し、扱うことができる元素種を増やす、成膜中のモニタリングを可能にすることで制御性を高めるなど、さまざまな改良を施してきた。それにより、厚さを原子レベルで精密に制御した、高品質なTMDの作製に成功している。
「現在、これを発展させ、MOCVD装置を用いて2次元物質同士を接合させたり、接合させたものをさらに積層したりと、新たなモアレ超格子の形成を進めています(図3)。実際にこれまでの研究では、独自に発展させたMOCVD装置を使い、単層の二硫化モリブデン(MoS2)と二硫化タングステン(WS2)を接合し、原子レベルで平坦な界面を得ることに成功しています。さらには、それら接合構造の積層にも成功していて、積層体の人工原子において量子閉じ込め効果が生じることや、新たな光学応答が現れることを、第一原理計算や顕微分光計測システムを活用して確認しました。今後はより一層、接合・積層の精度を向上させて人工原子の配列をデザインし、そこで生じる量子力学的な現象を利用して、革新的な量子デバイスにつなげていきたいと思っています。NIMSには最先端の微細加工装置が揃っていますから、それらを活用してナノスケールの超微細な配線にも挑戦していく計画です。我々にしかできない技術を使って、こんな可能性があるんだというのを1つでも多く残したい。そのために、無限の可能性を秘める低次元物質の基礎研究と応用研究の両面を推し進めていきます」と北浦は力強く語る。

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