Research Highlights 06

水溶液に浸すだけ!という革新。 有機半導体のドーピング技術

軽量でフレキシブル、安価な半導体デバイスを印刷プロセスにより実現できるとして期待が高い有機半導体だが、ドーピング技術が確立されていないことが産業応用の障壁となっている。2023年10月、山下侑らはその突破口となる基盤技術を発表した。

山下 侑Yu Yamashita

ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA) 超分子グループ 研究員


性能向上に不可欠なドーピング技術

半導体デバイスの多くには、無機材料であるシリコン半導体が使われている。ホール(正孔)をもつp型と、電子をもつn型は、いずれもシリコンの結晶に微量の他元素を添加(ドーピング)することでつくられる。高性能な電子デバイスを実現するには、半導体中の電気の流れやすさを制御するドーピングのプロセスが不可欠だ。

一方で、有機半導体の社会実装に適したドーピング技術は確立されていない。そうした中、山下らは2023年10月に、有機半導体を水溶液中で精密にドーピングする基盤技術の開発に世界で初めて成功したと発表し、注目を集めている。

「これまで有機半導体のドーピングは、酸化還元試薬との反応を利用した化学ドーピングが試行されてきました。酸化還元試薬は空気中の水などと反応して劣化しやすいため、不活性ガスや真空環境が不可欠でした。そして、そうした環境を整えてもなお、ドーピングの精度や安定性に課題が残ります。また、弱い分子間力だけで形成されている有機半導体の結晶構造を乱すことなくドーパント分子を導入するのは容易ではありません。これらの課題をすべてクリアする酸化還元試薬の開発は至難の技であり、有機半導体の実用化に向けた大きな障壁の1つとなっていました」(山下)

光合成などの生化学反応に着目

それに対し、山下がヒントを得たのは、生体内で行われている生化学反応だ。生物の体内では、水分の多い大気下であっても、酸化還元反応が精密かつ安定的に行われているのだ。

山下は生化学反応の1つ、プロトン(水素イオンH)を用いた「プロトン共役電子移動」に着目。これは、正電荷をもつプロトンと負電荷をもつ電子が協奏的に移動する反応で、その反応性は、pHとして表されるプロトンの濃度に依存する。このことは、水溶液のpHを調整することにより、水中で起こる酸化還元反応を精密に制御できることを示唆していた。

そこで、プロトン共役電子移動反応を示す2つの化合物、ベンゾキノン(BQ)と、ヒドロキノン(HQ)を用いて、水溶液中での有機半導体のドーピングを試みた。BQ、HQ、さらにTFSIという陰イオンを溶かした水溶液の中に、有機半導体の薄膜を浸した(図)。このTFSIは、p型半導体におけるドーパントの役割を果たす陰イオンとなる。

実験の結果、水溶液のpHの調整により、有機半導体の電気伝導度を高精度で制御できた。また、ドーピングされたホールと陰イオンTFSIは有機半導体の結晶構造を乱すことなく安定的に収まっていることも確かめられた。

「ドーピングの手順は、水溶液中に有機半導体の薄膜を浸すだけという極めてシンプルなプロセスです。成功のポイントは、酸化還元試薬の水との反応を避けるために水を排除するのではなく、むしろ“水の中で行う”という逆転の発想にあったといえるでしょう」と山下は振り返る。柔軟な発想により、有機半導体の未来を拓く。

図  水溶液中における有機半導体の化学ドーピングのメカニズム
ベンゾキノン(BQ)とヒドロキノン(HQ)という2つの有機化合物、およびTFSIという陰イオンを溶かした水溶液の中に、有機半導体である高分子薄膜を浸した(図左)。すると、プロトン共役電子移動反応により、BQが有機半導体から2電子、水溶液から2プロトンを受け取りHQに変化する(図中央)。その反応に伴い、有機半導体にホールが導入される。一方、有機半導体の薄膜に安定的にとどまることができる陰イオンのTFSIも電気的に引きつけられ、薄膜内に取り込まれる。それにより、p型ドーピングが完了する(図右)。

Profile

山下 侑

Yu Yamashita

ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA)
超分子グループ
研究員