Research Highlights 03

ナノのブラシで材料表面を守る 「濃厚ポリマーブラシ」

「濃厚ポリマーブラシ」と呼ばれる高分子化合物は、タンパク質や細胞などをほとんど吸着しない。その特性に早くから着目し、原理を学術的に明らかにするとともに、医療や工業など幅広い分野への応用研究を行っているのが吉川千晶だ。


生体適合性表面を目指して

材料の表面が周辺環境から受ける影響は大きい。汚れの付着や摩耗、紫外線による劣化など、過酷な条件にさらされる。材料を長持ちさせるためには、表面の保護から高機能化まで、「表面制御」があらゆる材料にとって避けては通れない課題だ。

医療材料も例外ではない。医療材料の多くは組織や血液、体液などと直に接する。それらと触れたとき、材料表面には最初にタンパク質が吸着する。そのタンパク質が変性することをきっかけに反応が連鎖的に発生し、異物反応として現れる。したがって、それを抑制するには「タンパク質が吸着しない材料表面」をつくることが重要になる。
その点「濃厚ポリマーブラシ」はタンパク質や細胞、菌などをほとんど吸着しない。基板上にブラシのように密集したポリマーが、それらの侵入を防ぐのだ(下図・左)。

左は、平面基板に高密度に生やした「濃厚ポリマーブラシ」の模式図。右は吉川の開発材で、微粒子の表面にブラシを生やした「濃厚ポリマーブラシグラフト化微粒子」と、細長い高分子の表面にブラシを生やした「構造制御ボトルブラシポリマー」。

「しかし、任意の材料表面に直接、均一かつ高密度にポリマーを生やすことは容易ではありません。その成長には『精密重合法』を用いますが、ブラシの種となる開始基を導入する工程をはじめ、多段階の反応操作を必要するうえ、材質や形状によってはポリマーを生やすのが困難なものもあり、応用範囲は限定的です。そこで私は、塗布するだけで材料表面に濃厚ポリマーブラシと同様の構造が形成できるコーティング剤を開発しました」(吉川)

簡単に塗布できる利便性を追求

吉川の開発材は、微粒子の表面にブラシを生やしたもの、もう1つは、細長いひも状の高分子の表面にブラシを生やしたものだ(上図・右)。これらで材料表面を被覆するには、溶媒に溶かし、塗るだけでよい。分子合成プロセスを含めても、任意の材料表面に直接ポリマーを生やすより格段に簡便だ。しかも、塗布膜は材料表面と化学的に接着するので、どんな材料に対しても高強度で被覆できるのが特徴だという。

「私はこれまで、ブラシの密度や膜厚、それに対するタンパク質の侵入率をサイズ別に調べるなど、系統立てて検証を重ねてきました。現在、産学官連携による船舶塗料の開発にその知見を活かしています。というのも、海洋を航行する船舶には、船底に海洋生物が付着することで抵抗が生じ、航行速度が低下してしまうという課題があるのです。開発材は、船底への海洋生物による汚損を抑制できるだけでなく、高強度で分解しにくい点も特徴です。また、濃厚ポリマーブラシの潤滑特性によって摩擦抵抗を減らすこともでき、航行の省エネ化が期待できます。試験には多くの時間を要し、実用化への道のりは平坦ではありませんが、社会で活躍する材料の実現を目指して研究を続けていきます」(吉川)

海洋での塗料の性能評価試験の様子。試験板を海水に浸漬し、1週間毎に海洋生物の付着を評価する。

Profile

吉川 千晶

Chiaki Yoshikawa

高分子・バイオ材料研究センター
表面制御高分子チーム
チームリーダー