Research Highlights 06

治療から病態の解明まで 医療を拓く「スマートポリマー」

力を加えて変形させるとその形状を保持できて、熱や光などの外部刺激に応答して元の形状に戻る「スマートポリマー」。医療材料としての応用が進みつつあるが、形状が回復する温度の高さなど、課題は多い。宇都甲一郎は生体内に近い低温域での制御方法を見出し、医療におけるスマートポリマーの活用の幅を拡げている。


低温域での鋭敏な応答を実現

スマートポリマーは、熱や光、磁場といった外部刺激に応じてポリマーが結晶状態から非晶状態へと変化し、自在な変形が可能となるユニークな材料だ。とはいえ、「架橋」とよばれる分子同士の結合により永久形状を“記憶”しているため、非晶に変化したからといってバラバラになることもない。

その医療応用を目指す宇都は、主に温度応答性のスマートポリマーを扱っている。中でも、宇都が重用しているのが「ポリ(ε-カプロラクトン)(PCL)」だ。結晶から非晶へと変化する温度(融点)が60℃と、スマートポリマーとしてはかなり低い。

「60℃でも生体内に比べればかなり高温ですが、ポリマーの融点を調整することを前提に、できるだけ人間の生体内温度に近いものを選びました。環境に配慮した生分解性であることも、この材料を選んだ理由の1つです」

宇都はPCLの合成プロセスを精密に制御して、枝分かれする分岐数、そこから伸びる手の長さ(鎖長)を多数つくり分け、低温で応答する構造を見つけ出した。いまや30℃から43℃までの範囲で、ほぼ1℃刻みで融点を制御することが可能だ。低温域においてこれほどまでに鋭敏な温度応答性を示すポリマーは世界でも類を見ない。

スマートポリマーで生活の質を高める

卓越した制御力を強みに、宇都が所属する「スマートポリマーグループ」ではスマートポリマーの医療応用に向けた研究開発に取り組んできた。

たとえば、大阪大学と共同で研究開発を進めている「胎児治療用デバイス」。腫瘍があると判明した胎児に対し、母親の胎内で腫瘍にPCLの糸を巻き付け、その糸に熱を与えて縮めることにより、腫瘍を壊死させる構想だ。糸を引っ張るスペースがない場所でも治療が可能になる。

さらに、愛知県のがんセンターと共同で、放射線治療のときに患者の体の動きを抑制する固定具や、皮膚表面の腫瘍に当たる放射線量が最大になるよう皮膚に密着させる「ボーラス」の研究開発を進めている。形状記憶材料でつくられたそれら製品はすでに存在するが、その融点は80℃程度。型取りのため患者の顔や皮膚に押し当てなければならず、特に子どもにとってはハードルが高い。その点、融解温度を制御したPCLならば、安全に型取りができる。

ほかにも、世界的な化粧品メーカー「日本ロレアル株式会社」と共同でヘアスタイリング剤の研究開発に取り組むなど、生活の質に直結する材料開発に邁進してきた。

愛知県がんセンターと共同開発中の放射線治療用の固定具。ネット状の部分が温度応答性スマートポリマーでできている。これを40℃程度に温め、柔らかくなった状態で患者にかぶせるだけでオーダーメイドの固定具が成形できる。

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