Research Highlights 07

「イオン液体」の界面で 世界初の細胞培養に成功

プラスとマイナスのイオンのみからなる「イオン液体」は、分子からなる液体とは異なる不思議な性質を示す。
その界面での細胞培養に成功した上木岳士は、培養効率の大幅な向上に意欲を燃やす。


蒸発も沸騰もしない不思議な液体

水やアルコールなどの液体は分子で構成されている。それに対して「イオン液体」は、プラスとマイナスのイオンだけで構成された特殊な液体だ。液体にもかかわらず蒸発も沸騰もしない。また、化学構造の制御によって親水性・疎水性、高極性・低極性といった正反対の性質が引き出せる。上木がその特異性を活かして進めているのが「液体の界面での細胞培養」だ。

現在、細胞培養はプラスチック皿に培地(タンパク質水溶液)を満たし、細胞を撒く方法が一般的だ。細胞は、皿と培地との界面、つまり固体と液体との界面で成長し、増殖する。対する上木は、培地と疎水性イオン液体との界面、つまり液体同士の界面で細胞培養を行おうというのである。

「プラスチック皿の場合、細胞の培養エリアは皿底に限られますが、液体上ならば、培地中に液滴を浮遊・分散させることで培養面積を大幅に高められます。しかも、イオン液体は蒸発も沸騰もしないため、培養後に加熱・乾燥・滅菌して再利用できるという利点もあります」(上木)

ただし問題は、イオン液体の細胞に対する毒性だった。上木は疎水性イオン液体の細胞毒性を評価する試験法を考案し、毒性を示さないものをスクリーニング。その処理条件を検証し、世界で初めて、イオン液体の界面におけるヒト間葉系幹細胞の培養に成功した。

細胞の挙動を左右する液体界面の“固さ”の正体

「培養の結果、あるイオン液体で培養した細胞は球状の形態で接着し、別のイオン液体で培養した細胞は薄く伸びて広がっていました」と上木(図1)。細胞の挙動は、足場の力学的な固さの影響で変化することが知られている。つまり、細胞は液体界面の“固さ”を感じとっていたと言える。

図1 細胞培養に用いたイオン液体の蛍光各界面におけるヒト間葉系幹細胞の顕微鏡像(a-c)。(a)は球状の接着形態をとり、(c)は薄く伸びて広がった。特に(c)は、ガラス基材上で培養した細胞と同程度の伸展率を示した。このことは、細胞がイオン液体界面を「ガラスと同じくらい固いもの」と認識していることを意味する。

“固さ”の正体は何か。原子間力顕微鏡(AFM)で観察したところ、細胞が足場としていたのはイオン液体そのものではなく、界面に集積した固体ナノ薄膜「タンパクナノレイヤー(PNL)」であり、細胞はPNLの“固さ”を捉えていたことが判明した(図2)。加えて、PNLの固さや厚みは形成時におけるタンパク質のブラウン運動*の速さに依存すること、ブラウン運動の速さはイオン液体の化学構造に依存することも突き止めた。

*ブラウン運動…液体あるいは気体中に浮遊する微粒子が、周囲の熱運動する媒質に絶えず衝突することで、微粒子自身が不規則に運動する現象。

図2 培地と疎水性イオン液体との界面での細胞培養のイメージ。

「観察結果から、力学強度に優れるPNLの形成に向けたイオン液体の設計指針が得られました。私たちはさらに、イオン液体そのものをゼリーのような固体薄膜(ゲル)にする手法を編み出しました。その上で培養した細胞は、液体界面で培養したときよりも大きく伸展するという興味深い結果も得られています。今後さらに考察を深め、必ずやイオン液体による新たな細胞培養のしくみを確立していきます」(上木) 

Profile

上木 岳士

Takeshi Ueki

高分子・バイオ材料研究センター
メカノバイオロジーグループ
主任研究員

〈関連プレスリリース〉イオン性の液体表面で幹細胞の培養に成功