Research Highlights 08

医師と眼前の課題に挑む! 「組織マーキング材」の開発

腫瘍などを的確に切除するための目印となる「組織マーキング材」。吉冨徹は医師と議論を重ね、内視鏡用局注針を用いて注入でき、組織内では拡散せずに長期間残留する、理想的な材料の開発に成功。実用化に向けて前進している。


外科手術での切実な課題

胃癌や大腸癌の腫瘍は、消化管の内側の粘膜に発生する。開腹手術で切除する場合、外側からは腫瘍の位置が見えない。そこで、あらかじめ内視鏡用の局注針を使って腫瘍周辺に「組織マーキング材」を投与して、切除範囲に目印をつけておき、それを頼りに手術を行う。

現在、組織マーキング材には「点墨」と呼ばれる、院内で高圧蒸気滅菌した市販の墨汁が使われている。しかし、点墨はにじみやすいうえ、周辺組織との色の違いも見分けにくい。手術の日程調整などの関係で、投与してから手術まで1カ月近くかかることもあり、その間に視認性はますます悪化する。正常な組織をどれだけ残せるかは患者の予後に大きく影響するため、マーキング材のニーズは切実だ。

2020年1月に参加した「つくばライフサイエンス協議会の若手の会」で、吉冨は筑波大学医学医療系消化器外科の古屋欽司医師と知り合い、医療現場にこのような問題があることを知った。そこからNIMSの生体組織再生材料グループと筑波大の消化器外科のチームで、組織マーキング材の開発を始めた。

試行錯誤のマーキング材開発

医師らが理想とする組織マーキング材は、点墨と同様に内視鏡用局注針を用いて投与でき、組織内で広がることなく約1カ月間残留するもの。そして、腹腔鏡手術システムに装着された、近赤外カメラを用いて検出が可能なものだ。

「材料開発は試行錯誤の連続でした。良い蛍光を示すマーキング材ができたと思っても、投与後1週間で拡散・消失してしまったり、投与しようとするとシリンジ針が閉塞してしまったりと、さまざまな問題に直面しました。その都度、材料科学と臨床の知見を交わし、1つずつ問題を解決していきました」(吉冨)

そうして完成した開発品をウサギの胃粘膜下層に投与し、1カ月後の残存性を試験してみると、点墨は大きく広がっているのに対して、開発品は、まったくにじむことなくピンポイントで光り、視認性は点墨よりも格段に優れていた(図)。また、体重40kgのブタに対し、臨床での使用を想定して内視鏡下での試験を実施した結果、医師の理想とする組織マーキング材の性能を十分にクリアできていることが確認できた。

「現在は、この組織マーキング材の実用化に向けて、基礎研究の次のステップである非臨床安全性試験に向けた準備を進めています」と吉冨。医師たちの切実な思いに寄り添い、実用化への一歩を慎重に踏みしめていく。

開発品と点墨との拡散性・視認性の違い
ウサギの胃粘膜下層に開発品と点墨をそれぞれ100 μL投与し、1カ月後、近赤外線カメラを用いて観察した。赤線は、点墨と開発品の拡散領域を示す。開発品は蛍光シグナルにより明瞭に視認でき、注入した領域にピンポイントにとどまっていることが確認できた。

Profile

吉冨 徹

Toru Yoshitomi

高分子・バイオ材料研究センター
生体組織再生材料グループ
主幹研究員