Research Highlights 02
[水素をためる] 磁性体の力を引き出し、水素の液化効率向上を導け
2025.07.18
水素を液化し、大量に輸送・貯蔵する手段としてNIMSが構築を進める「磁気冷凍システム」。齋藤明子主席研究員ら材料開発グループは、液化効率向上の命運を握る「磁性体」の研究開発に情熱を燃やす。
齋藤 明子Akiko Saito
磁性・スピントロニクス材料研究センター グリーン磁性材料グループ 主席研究員
「磁気冷凍システム」の現在地
液体水素の製造に必要なコストやエネルギーを削減する手段として期待を集める「磁気冷凍技術」。磁場をかけると磁性体が吸熱・発熱する現象を利用して、温度をコントロールする技術だ。
水素の液化に必要な冷却温度範囲は、常温〜20K(−253℃)までと幅広い。それを磁気冷凍技術により達成するという挑戦的な課題に対し、NIMSは「能動的蓄冷式磁気冷凍(AMR)」と呼ばれる磁気冷凍方式を採用し、システム開発に邁進している。これは、科学技術振興機構(JST)「未来社会創造事業」のもと2018年にスタートしたプロジェクトであり、その動向は本誌でもたびたび紹介してきた。
このプロジェクトでNIMSは、液体窒素を使って77K(−196℃)まで冷やしたあと、「77K〜20Kまでの温度領域をAMRで冷却する」という目標を掲げている。2021年には、早くも34K(−239℃)〜20Kまでの冷却に成功。世界で初めてAMRによる水素の液化を達成した(→Vol.24 No.1 Research Highlights 04参照)。
残る課題は、77K〜34Kまでの温度領域の冷却だ。それに不可欠なのがシステムの改良、そして磁性体の進化である。
冷却効率に直結する磁性体の“カタチ”
磁気冷凍システムの冷却の心臓部は、磁性体を充填したシリンダーだ。シリンダー内を熱交換流体(冷媒ガス)が行き来し、磁性体の発した熱を運ぶ(図1)。プロジェクトにおいて材料開発グループを率いる齋藤は、磁性体の課題についてこう語る。

熱交換流体の行き来により、シリンダー内には温度勾配が生じる。効率的に冷却するため、各温度領域で優れた冷却能力を発揮する磁性体を複数種類並べる方法が考えられる(白点線)。
「磁気冷凍用の磁性体にとって最も重要な指標は、『磁気熱量効果』です。これが大きいほど、一度に大きな温度変化を生じるため、効率的な冷却が可能になります。ただ、磁性体の種類によって磁気熱量効果のピークは異なり、77K〜20Kまでの幅広い温度領域を1種類の磁性体でカバーするのは不可能です。そこで、シリンダー内に複数種類の磁性体を並べ、バケツリレーのようにして段階的に温度を下げていく戦略を考えています」(齋藤)
大きな磁気熱量効果を示す磁性体として代表的なものが、重希土類の金属間化合物だ。ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)などを含む磁性体が有望視されており、一見すると77K〜20Kの温度領域はそれらでカバーできそうにも思える(図2)。

縦軸は、磁場の変化によって生じる磁気エントロピーの変化量。横軸は、温度条件。グラフのピークが高ければ高いほど、一度に冷却できる能力が高く、横に広がりをもつほど、カバー可能な温度領域が広いことを表している。
しかし、話はそう簡単ではない。シリンダー内で熱を効率的に運ぶためには、磁性体から熱交換流体へと熱が瞬時に伝達されながらも、磁性体間の熱伝導は抑制的であるという、一見矛盾する熱制御を実現しなければならない。その解決策となり得るのが、磁性体の“カタチ”だ。
「磁性体を球状に加工することにより、磁性体と流体の接触面積が増えて熱交換が円滑化する一方で、磁性体同士は点接触になり、熱伝導が抑制できます。さらに、熱交換流体の流路も考慮して、磁性体の要件を『真球度が高く、粒径が約0.3ミリメートルの、表面がなめらかな粒子』と定めました。磁性体によって最適な加工条件は異なりますから、それぞれの物質に最適な条件を、実験を通して探っているところです」(齋藤)。

磁性体の個性に応じた加工方法の探索
金属を球状に加工する技術として産業プロセスでも多用されている方法が、溶かした母材を高圧ガスで吹き飛ばすことにより細分化して球状にする「フリーフォール・ガスアトマイズ法」だ。量産性が高く、既存装置が活用できるというメリットがある。材料開発グループでは、NIMS内に「ガスアトマイズ装置」を導入し、ホルミウムアルミニウム(HoAl2)やエルビウムコバルト(ErCo2)の粒子化に成功してきた。ほかにも、ErCo2の真球度を高めるために、磁性体を溶かして高速回転するディスクの上に垂らし、遠心力で飛ばすことにより細分化して粒子をつくる「回転ディスク法」を適用するなど、さまざまな加工方法を試行している(図3)。

「加工方法によって、母材の溶解温度が異なりますから、磁性体の融点が加工方法の選定基準となります。また、母材の溶融にるつぼを用いるものと、用いないものがありますが、希土類を含む金属間化合物の場合、るつぼとの反応性が高いものが多いため、注意を要します。ほかにも、高速回転によって材料にかかる遠心力や、急激な熱衝撃に対する脆弱性も考慮しなければなりません。たとえ理想的な形状に加工できた場合でも、得られた粒子の性質が母材から変化してしまうケースもあり、一筋縄ではいきませんが、製造した粒子の磁気熱量効果に加えて、真球度や表面の状態を詳細に分析し、独自の加工方法の開拓も進めています」(齋藤)
一例として、齋藤らはこれまでナノ粒子の合成に特化していた「熱プラズマ法」を使ってサブミリメートル級の粒子を作製するため、装置メーカーとともに「高周波誘導熱プラズマ装置」をつくり上げた(下写真)。

「熱プラズマは、太陽表面に近い約6000℃もの高温になるため、融点が高い化合物をも溶解することができます。私たちはこの装置を用いて、融点が約2200℃と非常に高いことから質の高い粒子を得ることが難しかった二ホウ化ホルミニウム(HoB2)の加工に取り組み、真球度の高い粒子を作製することに成功しました。現時点で、一度に作製できる粒子は数グラム程度ですが、実用化を見据えて数キロ単位の量産が可能になるよう、装置の改良も進めています。また、HoAl2に関しても、ガスアトマイズ法を使うよりも、熱プラズマ法を使う方が、粒径のそろった、より真球に近い粒子をつくることができることを確認しています」(齋藤)
他方、磁性体の耐水素脆性や強度は、磁気冷凍システムの寿命を左右する。齋藤らは、それらの向上を目指し、磁性体をコーティングする技術の開発も進めている。応用をまっすぐに見据えたプロジェクトであるからこそ、考慮せねばならない課題は多岐にわたるが、齋藤はそこに大きなやりがいを感じているという。
「2018年にスタートしたプロジェクトは2028年で終了します。それまでに77K〜20Kまでの冷却という大目標を達成するためには、システム開発者と私たち材料開発者との緊密な連携が欠かせませんが、それらを一気通貫で進められることはNIMSの強みです。磁性体粒子一つ一つはとても小さなものですが、そこには計り知れないパワーが備わっています。この強力な“こびとたち”が水素社会を支える働き手となったなら、材料開発者としてこれほど喜ばしいことはありません」(齋藤)
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