Research Highlights 03
[水素をつかう] 水素燃料で火力発電をクリーンに。金属3Dプリンタでタービン開発に革新をもたらす
2025.07.18
火力発電の燃料を、化石燃料から水素へ転換しようという動きが加速している。しかし、水素を高効率に燃焼させるためにはタービンの構造が複雑になる。長田俊郎グループリーダーと草野正大主任研究員は、金属3Dプリンタや特性予測プログラムを使い、課題解決を目指している。
長田 俊郎Toshio Osada
構造材料研究センター 高信頼性耐熱材料グループ グループリーダー
草野 正大Masahiro Kusano
構造材料研究センター 積層材料グループ 主任研究員
燃焼の制御が難しい水素
火力発電は、世界の電力生産の主力だ。その燃料の大半は、天然ガスなどの化石燃料である。化石燃料を燃やして得た熱エネルギーを使ってガスタービンを回し、電力を生み出している。火力発電には、天候や昼夜を問わず電力を安定供給できるという大きなメリットがある一方で、二酸化炭素(CO2)の排出という問題がある。
そこで、火力発電の燃料を、燃焼させてもCO2を排出しない水素に置き換えることにより、電力の安定供給と持続可能性を両立させようという構想がある。その実現に必要なものが「水素ガスタービン」だ。
水素ガスタービンは、既存のガスタービンの「燃焼器」を置き換えるだけでよく、一から設備を整備するよりもはるかに導入が容易だ。とはいえ、水素燃料用の燃焼器の製造には、技術的な課題がある。NIMSで火力発電用タービンや航空機のジェットエンジンの高効率化を目指し、耐熱材料の研究開発を進めている長田俊郎は次のように説明する。
「水素を燃料とする場合、まず、タービン内の『圧縮機』で空気を圧縮し、500℃〜700℃程度に高温化させたあと、高温の空気と水素とをしっかりと混合したうえで、『燃焼器』で均一に燃焼させる必要があります。ただ、水素は燃焼温度が高く、その制御が難しい燃料です。燃焼器内部での燃焼温度にムラがあると、高温化した箇所で、環境負荷の高い窒素酸化物(NOX)が発生してしまいます。燃焼温度を均一化するために、燃焼器の内部構造は、従来のガスタービンに比べて非常に複雑になります。内部構造が複雑になるほど、製造コストがかさむのはもちろん、従来の精密鋳造や鍛造といった方法での製造が難しくなるのです」(長田)
その打開策として、長田が中心となり推進している研究テーマが、金属3Dプリンタを使った超耐熱合金(超合金)の複雑造形技術の確立だ。
3Dプリンタによるタービン製造の第一歩、結晶の欠陥形成を抑制
高温・高圧という過酷な環境にさらされるタービン部品には、高度な信頼性が求められる。現在、火力発電用タービンの高温部には、ニッケルベースの超合金(Ni基超合金)が使われている。1000℃を超える高温下での強度や耐食性に優れ、宇宙航空分野でも使用されている。しかし、その信頼性が担保されるのは、精密鋳造や鍛造といった従来の製造法であればこそ。長い歴史をもつ従来法に対し、歴史の浅い3Dプリンタによる積層造形は、結晶組織の制御の仕方が確立されていない。
「そこで、私が推進する研究テーマでは、3DプリンタによるNi基超合金の組織制御と、耐水素性に優れる超合金の設計、この2つを軸に展開しています」(長田)研究テーマのうち、積層造形を担当するのが草野正大だ。草野は、Ni基超合金について「割れなどの欠陥が生じやすく、積層造形が非常に難しい材料」と話す。
金属の積層造形方式として代表的なのが、粒径が数十マイクロメートルの金属粉末にレーザを照射し、粉末を溶融・急冷凝固させる工程を何度も繰り返す「レーザ粉末床溶融結合法(L-PBF)」だ。草野は2016年から、L-PBFの研究に着手。機械学習やシミュレーションも駆使して、レーザの照射条件(出力や走査速度など)と金属の結晶組織との相関解明を進めている(→Vol.23 No.5 Research Highlights 02参照)。
「まずは、レーザの照射条件とNi基超合金の欠陥との関連性を検証しようと、試験体の作製に取り組みました。使用した原料は、Ni基超合金のなかでも造形が難しいとされる『インコネル738LC』の粉体です。照射条件ごとに10ミリメートル立方の試験体をつくり、光学顕微鏡で欠陥の有無を観察していきました(右上写真)。その結果、約100通りのレーザの照射条件を試した中に、欠陥が生じていないきれいな試験体を発見したのです。着手して早々、有望なレーザの照射条件が発見できたのは、一度に数十通りの条件を試せる3Dプリンタならではの効率性が活かされたとも言えるでしょう。現在は、なぜ欠陥が生じなかったのか、メカニズムの解明を進めています」(草野)
それと並行して、草野が作製した欠陥のない試験体はNIMSの材料試験の専門家によって、機械的特性の評価が進められている。高温環境下での引張試験*1では、従来の精密鋳造と同等かそれ以上の強度を有していることが確認できており、現在はクリープ試験*2や高温水素環境試験などを実施中だ。
*1 引張試験…試験片を一軸方向に所定の速度で引っ張り、破断するまでの試験片の伸びとそれに要する力を測定する試験。
*2 クリープ試験…高温状態にした材料の試験片を両側から一定の力で引っ張ったとき、変形の大きさや破断までの時間を測定する試験。
超合金の「特性予測プログラム」も整備
前述の試験体の作製では、L-PBFの基礎的な技術の確立を目的に、既存のNi基超合金を原料に用いたが、高温・高圧の水素ガスというこれまで以上に過酷な環境下では、機械的特性や耐水素脆性に優れる、新たな超合金が求められている。
Ni基超合金の機械的特性は、元素の組成に加え、結晶組織が左右する。組成・組織の組み合わせは無数にあり、すべてを実験で検証することは現実的ではない。
長田は2022年、金属の結晶組織からその特性を高速で予測する「NIMS特性予測プログラム」を開発した。組成や組織、使用条件を与えれば、さまざまな機械的特性を予測することが可能だ。仮想実験を行うことで開発スピードを飛躍的に加速できる。
「このプログラムの活用によって、燃焼器として超合金に求められる組成や組織を逆算することもできます。今後は、プログラムが提示する最適な組織を3Dプリンタでも作製できるよう、草野さんの知見と融合していきたいと考えています。また、3Dプリンタの製造プロセスは、従来の精密鋳造とまったく異なりますから、たとえ特性予測プログラムが提示する結晶組織を精密鋳造でつくることが難しい場合でも、3Dプリンタならつくれる可能性もあります。その点からも、3Dプリンタには大きな可能性を感じています」
(長田)
草野もこうつけ加える。「高温の中で高速回転するタービンのブレード(翼)には、先端には高いクリープ強度が、根元には高い疲労強度が必要です。金属3Dプリンタは、部位ごとに求められる特性をレーザ照射条件で調整できると考えています。これも金属3Dプリンタならではの強みといえます」(草野)
現在は、火力発電用タービン向けの超合金の研究開発を進めているが、今後、水素を燃料とする航空機エンジンの研究にも展開していくという。長田による超合金の設計と、草野による金属3Dプリンタの条件最適化。両者の挑戦が融合したその先に、水素社会の到来を期待したい。












