Research Highlights 01

量子ビット材料開発最前線| Case#1 世界初!「酸化亜鉛量子ドット」による単一電子制御に成功

群雄割拠の量子コンピュータ研究

量子ビット材料の研究開発最前線

現在、量子コンピュータの実現に向け、「超伝導方式」や「半導体方式」、「イオントラップ方式」、「光量子方式」など複数の原理が提案され、世界中の研究者が原理実証にしのぎを削っている。なかでも、情報の担い手である「量子ビット」の集積能力が高く小型化に有利なのが、半導体方式だ。これは、半導体の結晶中に「量子ドット」と呼ばれる直径数十nm程度の構造をつくり、電子を1~2個だけ閉じ込める。その量子状態の制御により計算を行う仕組みだ。  半導体方式のなかでも、材料の候補は複数ある。その代表格は「ガリウムヒ素(GaAs)」と「シリコン(Si)」である。いずれも高品質な結晶作製技術が確立されており、従来の半導体製造プロセスにおいて微細加工技術の知見が蓄積されている。また近年、2次元物質を重ね合わせた「モアレ超格子」がさまざまな物性を発現することが明らかになり、量子ビットへの応用研究が熱を帯びている。さらには「酸化亜鉛」という新たな選択肢が生まれるなど、まさに群雄割拠の状況だ。  いかなる量子デバイスにおいても、その性能の指標となるのが、電子が量子状態を保持できる時間(コヒーレンス時間)である。結晶中に含まれる不純物や欠陥、原子核の自転のような運動により生じる「核スピン」、原子核と電子との間で生じる「スピン軌道相互作用」が、コヒーレンス時間の低下を招く。また、電子が入る伝導帯が複数あるケースでは、電子が伝導帯にランダムに入ることにより量子状態を安定して保つことが難しくなる。量子ビットを開発するうえでは、こうしたさまざまな要因を考慮した材料選択が重要だ。ここからは、その課題に取り組む量子ビット材料グループの研究を紹介する。


Case #1

世界初!「酸化亜鉛量子ドット」による単一電子制御に成功

小塚 裕介Yusuke Kozuka

ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA) 量子材料分野 量子ビット材料グループ グループリーダー


世界屈指の酸化亜鉛の成膜技術

材料候補が林立している、半導体量子ビット。なかでも、量子ビット材料グループを率いる小塚が着目しているのが「酸化亜鉛(ZnO)」だ。ZnOが量子ビットとして有望な理由について、小塚は「ZnOはスピン軌道相互作用と超微細相互作用がともに弱く、伝導帯が一つしかないため情報損失リスクが低いこと」と説明する。

しかし、これまでZnO量子ドットに電子を閉じ込めることに成功した例は存在しなかった。なぜなら、高品質なZnO薄膜を作製するのが難しかったからだ。そうしたなか、2024年11月、小塚は東北大学など3機関と共同で、ZnO量子ドットに単一電子を閉じ込める操作に世界で初めて成功し、国内外から注目を浴びている。その成功要因はどこにあるのだろうか。

材料が量子ビットとして機能することを実証するためには、材料作製からデバイス加工、特性評価、検証まで、多段階のプロセスを要する。今回、ZnO量子ドットを作製するうえで小塚が主に担当したのが、材料作製とデバイス加工だ。

「私はかつて在籍していた東京大学で川﨑雅司教授のもと、『分子線エピタキシー(MBE)法』*で高純度なZnOの薄膜結晶をつくるノウハウを蓄積してきました。それを突き詰めたことにより、ZnOの品質は他機関ではまねできないレベルにまで達しています。ZnOを量子マテリアルとするためには薄膜結晶から電子の散乱源となる不純物や欠陥を取り除く必要がありますが、それらの発生要因を特定するのは容易ではありませんでした。そこで、要因に当たりをつけながら作製手順の見直しやMBE装置の改良を進め、作製したZnO薄膜の特性を計測により評価する作業を何度も繰り返しました。たとえば、原料をより高純度なZnや酸素に変更したり、MBE装置のチャンバー部材を簡素化したりすることにより、徐々に結晶の品質を向上させていきました」(小塚)

*分子線エピタキシー法…超高真空中で原料を加熱し、分子線として基板に飛ばすことにより、基板上に薄膜を成長させていく手法。

ZnOへのダメージを最小限に抑える
2段階エッチング法を開発

加えて、小塚は成果のポイントをこう説明する。

「『量子マテリアル』というと材料に注目が集まりやすいのですが、実際にデバイス化して量子状態を制御するためには精密な微細加工技術が不可欠です。量子ドットの場合、ZnO薄膜を削る(エッチング)、絶縁膜を積層するなどして、特殊な設計の素子を作製します(図)。

図 ZnO量子ドットの構造図。配置した3つの電極「L(左)」「P(プランジャー)」「R(右)」のうち、LとRの電極から電圧をかけることによってバリアをつくり、電子を1~ 2個閉じ込める(電気的閉じ込め型)。Pの電極でその電子の状態を制御する。小塚はこのセットを複数個並べた量子ドットを作製した。動作温度環境は50ミリケルビン(-273.10℃)。

「ZnOは量子ドット開発の前例がなかったため、工程ごとに条件を洗い出し、最適化していく必要がありました。特に、ZnOへのダメージを最小限に抑えるエッチング手法の確立に1年以上の時間を費やしました。ZnO量子ドット中の電子を操作するためには、エッチングで電子と金属電極が接触できる構造をつくる必要があります。しかし、ダメージを抑えようとすると金属電極との良い接触が取れなくなり、逆に良い接触を得ようとするとZnO全体にダメージが入ってしまう、という問題が起こりました。最終的に、一次エッチングでは表面にある程度ダメージを与える手法を用い、二次エッチングでそのダメージ層を取り除く、という2段階の手法を開発することにより、結晶の品質を保ちつつ金属電極との良好な接触を実現することができました」(小塚)

量子ドットにおける単一電子操作でも、複数の電極それぞれにかける電圧条件を一つずつ試す必要があり、条件は非常に複雑だった。その検証は東北大学の大塚朋廣准教授(併・NIMS 主幹招聘研究員)が率いる研究チームが担当。材料開発からデバイスの作製、評価・検証まで、約3年を要したこの成果について、小塚は「連携あっての成果」と強調する。緊密な連携で目指す次の課題は、ZnO量子ドット中の電子スピンの量子状態を制御することだ。ZnO量子ドットという新たな材料候補を手に、量子マテリアル研究にはずみをつける。

ケース(チップキャリア)中央にある1mm角のものが小塚が作製したZnO量子ドット。

Profile

小塚 裕介

Yusuke Kozuka

ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA)
量子材料分野
量子ビット材料グループ
グループリーダー