Research Highlights 03
原子レベルの薄膜で量子物性を探索。超伝導の新常識を引き出す
2025.10.16
半導体基板上に金属薄膜を積層した2次元物質は、究極の薄さながらも超伝導現象を発現し、磁場に対しても驚異的な強さを示す。その物性を次々と解き明かしてきたのが、内橋 隆MANA副センター長だ。独自の計測技術を駆使して、新奇の物性を追い求め続けている。
内橋 隆Takashi Uchihashi
ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA) 副センター長/ 量子材料分野 分野長/ 表面量子相物質グループ グループリーダー
常識破りの「2次元超伝導体」を発見
原子レベルの厚みしかない2次元物質。近年、バルク(塊)の結晶から剥離して得られるグラフェンなどが脚光を浴びているが、それ以前から、半導体基板上に原子1~2個の金属薄膜を積層した2次元物質に関する物性研究は盛んに行われてきた。その構造や電子状態を調べ、数々の物性を見いだしてきたのが内橋だ。
2011年には、シリコン(Si)基板上に積層したインジウム(In)原子層膜を極低温まで冷却すると、電気抵抗がゼロとなる超伝導現象が発現することを発見。「原子層膜では超伝導は発現しない」と考えられていた当時の常識を覆し、「2次元超伝導体」という新たな研究分野を確立した。

また、超伝導体に磁場をかけると表面に「ボルテックス」と呼ばれる渦状の電流が発生するのだが、表面に段差(原子ステップ)をもつ2次元超伝導体では、渦がステップをまたいだ“異常なボルテックス”が形成されることを2014年に観測(下図)。原子ステップが、量子コンピュータをはじめとした超伝導ナノデバイスに不可欠な「ジョセフソン接合」として機能することを見いだし、量子デバイス応用の可能性を示した。

超高真空・極低温下で現れる量子物性
数々の発見の背景には、内橋独自の計測技術がある。多くの原子層物質は超高真空装置から取り出した瞬間に壊れてしまうが、内橋は、試料清浄表面の準備からその評価、電極の取り付け、電気伝導性の測定まで、超高真空環境を維持したまま一貫して実験が行える装置を組み上げた(下写真)。
この装置では、強磁場(9テスラ)・極低温(400ミリケルビン)という環境条件を実現し、物質の表面の構造や電子状態を計測できる「走査型トンネル顕微鏡(STM)」の機能も統合するなど、唯一無二の計測環境を実現している。

2次元超伝導体はなぜ磁場に強いのか
2次元超伝導体の表面・界面で起こる物理現象は、今も内橋の探究心を刺激している。
「一般的な超伝導体と比べて、2次元超伝導体は特定方向からの磁場にきわめて強いことが報告されていました。そのメカニズムに迫るため、超高真空・極低温下での計測に加え、角度分解光電子分光法(ARPES)や第一原理計算を取り入れ、Si基板上のIn原子層膜に磁場をかけたときの電子状態とスピン状態を詳しく調べました。その結果、『ラシュバ型スピン軌道相互作用』が磁場への耐性に関与していることが判明しました」(内橋)。
通常の金属では、電子が動く方向とスピンの向きとの間に相関はない。一方、ラシュバ型スピン軌道相互作用が働くと、電子が動く方向に応じてスピンの向きが決まる。これは、電子の運動が乱れるとスピンの向きも乱れ、磁場中の電子のエネルギーに影響を及ぼすということを意味する。このことから、In原子層膜ではスピンの向きの頻繁な変化により電子のエネルギーの損得が相殺され、超伝導状態が維持できていたと考えられる。
「2次元物質は、表面は真空に、裏面は基板に接しており、それらがきわめて近接した状態です。だからこそユニークな物性の土壌となっており、今後も未知の現象を解き明かしていきます」(内橋)
Profile











