Research Highlights 04
高圧高温合成法で追い求める 量子センサ用“究極のダイヤモンド”
2025.10.16
宝石としてだけでなく、その硬度を活かして切削工具などに利用されてきたダイヤモンド。今、磁場などの微小な物理量を高感度に検出できる「量子センサ」用材料という新たな期待を背負っている。その実現に不可欠なダイヤモンドの合成に「高圧高温法(HPHT法)」で挑んでいるのが宮川仁主任研究員だ。
宮川 仁Masashi Miyakawa
ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA) 量子材料分野 超高圧構造制御グループ 主任研究員
量子センサへの応用を拓いた「NVセンタ」
2000年ごろ、ダイヤモンドの結晶中の「NVセンタ」と呼ばれる点欠陥を用いて、単一電子のスピン状態を制御できることが明らかとなった。ダイヤモンドは炭素のみからなる物質と言われるが、実際には窒素(N)が混入していたり、空孔(V)と呼ばれる炭素が抜け落ちた部分があったりする。この窒素と空孔が隣接する複合欠陥をNVセンタと呼ぶ(図1)。

NVセンタに存在する電子スピンの状態は、レーザやマイクロ波を照射(光励起)することにより、室温で光学的に観測できる。現在、この現象を利用したセンシング技術が脚光を浴びている。NVセンタの光励起による発光は、わずかな磁場や温度、圧力などの変化に敏感に反応する。つまり、NVセンタの発光強度の変化を測定することにより、磁場や温度などの環境変化を超高精度にセンシングできるというわけだ。これを「量子センサ」という。
ダイヤモンドは、室温で安定的にスピン状態を制御できる稀有な物質だ。大型の冷却装置がいらない小型で超高精度なセンサとして利用できる可能性を秘めている。ただし、その実現のカギを握るのがダイヤモンドの品質だ。
究極の結晶純度と最適なNVセンタ密度を求めて
NIMSでは、ダイヤモンドの合成技術として「マイクロ波プラズマ化学気相成長法(MPCVD法)」*と「高圧高温法(HPHT法)」の2種類を有する。MPCVD法に関しては、寺地徳之グループリーダー(本号の特別対談で紹介)が超高純度ダイヤモンドの合成をけん引。その取り組みは、既刊号でも紹介したとおりだ(Vol.21 No.4 P.10に研究紹介)。
一方、宮川が担当しているHPHT法は、高温・高圧下において、金属溶媒に溶かした炭素をダイヤモンドとして析出させるというものだ。宮川はその特徴をこう説明する。
「HPHT法の長所は、天然ダイヤモンドが安定して存在する熱力学的条件を人工的に再現し、そのなかでダイヤモンドを析出するため、MPCVD法に比べて結晶にひずみが入りにくいことです。ひずみは、電子スピンが量子状態を保てる時間(コヒーレンス時間)を低下させる一因となりますから、それが入りにくいことは明確な強みです。一方、HPHT法の課題は、結晶の純度です」(宮川)
HPHT法は溶解・析出により合成するため、その過程で意図しない不純物がダイヤモンド結晶中に入り込みやすく、それがコヒーレンス時間の低下につながる。ダイヤモンドを量子センサとして利用するには、不純物をppmオーダー以下(0.0001 %)に抑える必要があり、用途によっては ppbオーダー(0.0000001%)まで低減することが求められる。
また、NVセンタの密度もセンサの性能に深くかかわる。直感的には、NVセンタの数が多いほどセンサ感度が向上しそうにも思えるが、NVセンタの密度が高まることによって別の課題が生じると宮川は説明する。
「ほかのNVセンタがすぐ近くにあると、NVセンタ間の電子スピンの相互作用が強くなってしまい、それぞれのコヒーレンス時間が短くなってしまうトレードオフの関係があるため、必ずしもセンサ感度が高まるとは限りません。また、用途によって求められるコヒーレンス時間は異なりますから、それらを総合的に考慮して、ダイヤモンドの純度を高めつつNVセンタを最適に分布させるためのHPHT法の合成条件を、試行錯誤で探る日々が続いています」(宮川)
*マイクロ波プラズマ化学気相成長法(MPCVD法)…真空チャンバー内に原料となるメタンガスを送り込み、プラズマで分解し、基板上にダイヤモンド薄膜を堆積していく手法。1980年代にNIMSの前身の無機材質研究所が開発した独自技術。NIMSがもつ高効率変換技術を用いることで、12Cメタンを70%以上の効率で12Cダイヤモンドに変換して大量に合成し、HPHT法の原料に用いている。
NVセンタ入りダイヤモンドのつくり方
HPHT法によるダイヤモンド結晶の合成プロセスは次の通りだ。まず、ダイヤモンドの原料となる黒鉛(炭素)と、溶媒となる金属を高圧実験用セルに詰める。溶媒の底部には、種結晶となるダイヤモンドの粒が置かれている。
この高圧実験用セルを大型高圧装置に設置し、2日間程度、高温・高圧状態を保ち続ける。温度は1300~1500℃(溶媒組成や圧力に応じて調整)で、圧力は5~6ギガパスカルだ。これは1平方センチメートルの面積に対して約50~60トン(t)もの力がかかっている計算だ。軽自動車1台が約1tであることを思えば、相当な高圧だとわかるだろう。その結果、種結晶の上に、金属溶媒中の炭素がダイヤモンド結晶となって析出する(図2)。


図2 高圧実験用セルの中に、ダイヤモンドの原料となる黒鉛(炭素)と、溶媒となる金属(金属触媒)、種結晶となるダイヤモンドの粒を封入し、高温高圧装置にセットする。ヒーター内部では地球深部の環境が再現され、種結晶の上にダイヤモンド結晶となって析出する。
この時点では、ダイヤモンド結晶中には原料由来の窒素が含まれる一方で、空孔はほとんど存在しない。そこで、析出した結晶を厚さ0.2~0.3ミリメートルの薄片に切り出し、電子線の照射によって空孔を生成させる。次いで、真空中1000℃に加熱して空孔を移動させることにより、窒素と空孔がペアとなったNVセンタがダイヤモンド結晶中に形成される。
金属溶媒の配合がカギ
「ダイヤモンドの純度を高め、NVセンタの密度を調整するため重要になるのが、炭素を溶かす金属溶媒の配合です。金属溶媒として代表的なのが、ニッケル(Ni)やコバルト(Co)、鉄(Fe)といった遷移金属元素です。また、HPHT法では通常、100~200 ppm程度の窒素が入りますが、その含有量を調整するため、窒素除去剤として働くチタン(Ti)やアルミニウム(Al)などの金属元素も添加します。それら金属の種類や量によって、窒素の除去効率がどれくらい異なるかなども調べています」(宮川)
一例として、宮川は窒素との親和性が高いTiをCo溶媒中に添加することにより、窒素濃度を100 ppmから0.2 ppmまで自在に制御することにも成功している。しかし、まだ課題があるという。
「炭素には12Cと13Cという安定同位体があります。このうち13Cの原子核には小さな磁石のようにふるまう『核スピン』があり、NVセンタのスピン状態に影響を及ぼすため、12Cの純度を高める必要があります。その点、寺地さんのグループではMPCVD法により12Cの純度を99.998%まで高めた12C濃縮ダイヤモンドの合成に成功しています。ただし、結晶のひずみが課題です。そこで、HPHT法の原料として、MPCVD法で合成した12C濃縮多結晶ダイヤモンドを用いるという連携プレーにより、『ひずみのない超高純度ダイヤモンド』の合成に取り組んでいます(→関連動画:NIMS公式YouTubeへ)。実際、その方法で作製したダイヤモンドはひずみが抑えられましたが、依然として局所的なひずみがわずかに存在し、それが結晶内でコヒーレンス時間のバラつく要因となっていることが明らかになりつつあります。そうした徐々に明らかになる課題に対し、2種類の合成技術をはじめ、長年のダイヤモンド研究で培った技術を駆使して対策を講じられるのがNIMSの強みです。量子マテリアルとしてのダイヤモンドに求められる条件はきわめて高いものですが、一歩一歩課題をクリアしていきます」(宮川)

Profile

宮川 仁
Masashi Miyakawa
ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA)
量子材料分野
超高圧構造制御グループ
主任研究員









