Research Highlights 05

人工ニューラルネットワークで迫る “高温超伝導の謎”

ある温度以下になると電気抵抗が完全にゼロになる「超伝導現象」。極低温での超伝導の発現機構は分かっているが、それより転移温度の高い「高温超伝導体」の発現機構は謎のままだった。山地洋平グループリーダーは、その解明に機械学習と理論を組み合わせた独自手法で挑み、謎の解明につながる手がかりを発見した。

山地 洋平Yohei Yamaji

ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA) 量子特性モデリンググループ グループリーダー


高温超伝導体の謎

2022年、その存在を実証した3名の研究者にノーベル物理学賞が授与されたことで話題となった「量子もつれ」。量子コンピュータの超越的な計算能力の原動力となっているこの現象は、実は「超伝導」とも深く関わっている。

超伝導とは、ある温度以下になると電気抵抗が完全にゼロになる現象だ。2個の電子間に引力が働き、「クーパー対」と呼ばれる“もつれた”電子のペアを形成することによって発現する。量子コンピュータにおける量子もつれが人工的に制御されたものであるのに対し、超伝導ではそれが自然に生じているというわけだ。

1911年、物理学者カマリン・オンネスが、水銀が4.2ケルビン(約-269℃)という極低温で超伝導を示すことを発見。その後、1960年代になって、実験によって電子間に働く引力の痕跡が観測されたことをきっかけに、「BCS理論」が確立された。極低温下で物質の電気抵抗がゼロになる現象のメカニズムは、BCS理論によって説明できる。

*BCS理論…1957 年にバーディーン、クーパー、シュリーファーの3氏によって提唱された理論で、結晶固体の量子化された振動によって電子がペアを組み、超伝導状態となることを示した。

しかしその後、BCS理論では説明のつかない超伝導体が次々と発見されていく。従来の超伝導体が「低温超伝導体」と呼ばれるのに対し、それよりも転移温度が高い「高温超伝導体」である。

BCS理論によれば、多くの金属は電子間の引力が弱く、熱によりクーパー対は簡単に破壊されてしまう。そのため、金属は極低温でしか超伝導体にならないと考えられてきた。ところが銅酸化物を皮切りに、“例外”が続々と登場。現在に至るまで、高温超伝導の発現メカニズムは物理学者たちの間で議論の的となっている。

電子間に働く強い引力の痕跡を求めて

高温超伝導の発現メカニズムをめぐる議論の渦中にいる山地はこう語る。

「高温超伝導体において、もつれあったクーパー対が高い温度でも生き残っていることをふまえると、電子間にはその高い転移温度に見合うだけの強い引力が働いていると考えられます。そこで、その痕跡を探す試みが世界中で続けられていますが、直接的な観測には至っていません」(山地)

かねてより、超伝導体の電子状態を観察する実験手法として重用されてきたのが、「光電子分光法」だ。光電子分光法とは、物質に光を当て、光電効果により飛び出してきた電子を観測することで、電子の運動量やエネルギー、バンド構造などを調べる手法だ。

ただし、電子の運動量やエネルギーなどの情報だけでは、電子同士がどのように引力を働かせ、超伝導を引き起こしているかまでは分からない。その解釈に不可欠なのが、第一原理計算をはじめとした数値計算だ。量子力学の基礎的な方程式を出発点とし、物質の電子状態を精密にシミュレーションした計算結果を観測データと比べて理論解析することにより、電子同士の相関を理解することができる。山地らは、スーパーコンピュータ「富岳」をはじめとする大規模計算機を使い、量子もつれが決定的な役割を果たす物質の機構解明に取り組んできた。

「BCS理論が構築されたころは、コンピュータがこなせる計算量は小さなものでしたが、近年はスーパーコンピュータを使って大規模な計算が実施可能です。とはいえ、金属のように電子の数が膨大かつ、それらがもつれた状態の『量子多体系』の場合、電子のふるまいを数式化した波動関数もきわめて複雑なものとなり、最新鋭のスパコンをもってしても、計算だけで電子間に働く強い引力の痕跡を探るのは困難です」(山地)

そうしたなか、山地らは2021年11月、「銅酸化物において、高い転移温度に見合う強い引力が電子間で働いていた痕跡を観測データから確認した」と発表。そのカギとなったのが、人工ニューラルネットワーク(ANN)を用いた独自の解析手法だ。

人工ニューラルネットワークで
観測データから“隠れた物理量”を引き出す

山地らがベースとしたのは、光電子分光によるビスマス系銅酸化物の観測データである。自らの研究アプローチについて、山地はこう説明する。

「光電子分光で観測されるスペクトルには、電子がもつ『自己エネルギー』と呼ばれる物理量が反映されています。これには、一つの電子が物質内部で他の電子や格子振動(フォノン)、イオンなどから受けた相互作用の履歴が記録されています。自己エネルギーには、常に存在する『正常成分』と、超伝導状態になったときだけ現れる『異常成分』の2種類があります。この異常成分だけをうまく抽出できれば、超伝導の原因である電子間の引力について調べられますが、観測データは両成分が重なり合っているうえに、ノイズも含まれます。そこから未知の異常成分だけを抽出するには、多くの情報を仮定しなければならず、解析はきわめて困難です」(山地)

この異常成分の抽出の困難さという課題は低温超伝導体の場合も同様につきまとう。ただ、低温超伝導体の電子状態は、高温超伝導体と比べれば、電子間に働く相互作用が比較的シンプルだ。そのため、BCS理論やノーベル賞受賞者の南部陽一郎氏が提唱した「自発的対称性の破れ」など、複数の理論を組み合わせることにより、不明な情報の大部分を推定することが可能だ。一方、高温超伝導体の電子状態は、スピンや電荷など多様な相互作用が絡み合うため、同様の手法を適用することができない。

そこで導入したのがANNだ。ANNを用いる利点は、スパコンをもってしても計算が難しい複雑な関数を、よりコンパクトな関数で表現できることである。

山地らはANNに、ビスマス系銅酸化物の観測データに加え、普遍的な物理法則を学習させ、観測データのスペクトルとANNで得られたスペクトルが一致するように学習を繰り返させた。それにより、光電子分光の観測データから正常成分と異常成分、それぞれの物理量を計算することに成功した(図)。

 銅酸化物についての光電子分光データ(左図)から、足りない情報を普遍的な物理法則で補って人工ニューラルネットワーク(ANN)を最適化し、自己エネルギーの2 つの成分を決定した(右図)。

「得られた結果から、これまで観測データから強い引力の痕跡を観測できなかった理由が、正常成分に含まれる電子間の散乱と相殺されて、見かけ上、強い引力の痕跡が消し去られていたからだと分かりました。また、異常成分を詳細に解析した結果、高温超伝導体の電子同士に働く引力と、低温超伝導体の電子同士に働く引力とでは、そのメカニズムが異なることも分かってきました。ただ、世界中の研究者がそれぞれの説を唱える競争の激しい分野ですので、研究コミュニティ全体に納得のいく説明ができるよう、シミュレーションからもメカニズム解明に挑んでいます」と山地。

独自手法を発展させ、さらに高温超伝導の謎解明に切り込んでいく。

Profile

山地 洋平

Yohei Yamaji

ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA)
量子材料分野
量子特性モデリンググループ
グループリーダー